anemone

ぼんやりしたり、うっかりしたり。

コーティーとシロベーン

AIで曲を作るのにハマっている日記を書いたが、このはてなblogも日記のタイトルに困ったらAIがタイトルの案を出してくれるようになった。一度やってみようかしら。SFやらミステリでも奇妙な味系のものは惹かれるタイトルが多い。「秘めやかに甲虫は進む」「あるいは牡蠣でいっぱいの海」「夜の旅、その他の旅」「瓶詰めの女房」「鉢の底の果物」etc. この「たったひとつの冴えたやりかた」もずっとタイトルが気になっていて、いつか読もうと思っていた。先に大谷選手のグローブに関する日記のタイトルに使わせてもらったけど。

16才の女の子がマイ小型宇宙艇で未知の宇宙領域を冒険する過程で、脳に寄生した異星の生命体と友人になり、共に困難に立ち向かう話。1985年に書かれ、1987年に翻訳紹介された。

やっぱりねー、ちょっと古いのよねー。リンクを貼ったのは全3編のうち2編を削った改訳版なのだけれど、そっち読んだ方がよかったかな。16才の女の子っぽさを出すための言い回しや行動などに、古さというか当時の大人が当時の女の子を想像して書いた無理やり感があるというか。そもそも誕生日プレゼントが宇宙艇っていうセレブ家庭の16才女子が友だちとのお喋りで相手のことをあんたって呼ぶかね?おきゃんな女の子なので自分のことを「わたし」ではなく「あたし」っていうのは、まぁイイとしよ、でもあんたは無いんじゃない?

文体でキャラクターを表現するというワンアイディアでできているものの最高峰が「アルジャーノンに花束を」だ。あれは絶対最初の中編が良い。長編に引き延ばしたものは、そのワンアイデアの鋭さが薄まり全体を支えられていない。間を持たせるために他の要素を入れ込んでいるが、それが焦点がぼやけるもとになってしまっている。この「冴えたやりかた」では、主人公のざっくばらんな喋りかたと脳内のごく若い異星生命体の生真面目そうな喋り方の対比(どっちも喋るのに使用しているのは女の子の声帯なのだが)が良かったが、どうにも最後までこの「あんた」呼ばわりが引っかかってしまった。では何と呼べばよかったのか、元気な女の子らしさが表現できたのか。はたと思いつく。関西弁ではダメか。若い関西のお嬢さんが向かい合った相手を呼ぶ時に使う言葉があるじゃないか。「自分」! 目の前にいる他人のことを自分と呼ぶ。自分、イイ加減にしいや!とか、自分これからどうすんの?などと使う。これを当てはめるとこうなる。「ねえねえ、あんたの惑星はどんなとこ? 」→  「ねえねえ、自分の惑星、どんなとこ?」 字面だけ追うと訳わかんないかー。でも、一人の中に二人いる状況をも表すし関西でも若い人しか使わない言い回しだし、たったひとつの冴えた言いかただと思うんだけどなー。