長男が離乳食ドロドロ期の頃、川崎病になった。当時の新しい治療法であるガンマグロブリン大量投与によって、幸い冠動脈瘤ができることはなく三週間ほどの入院で退院することができた。赤ちゃんだったので、私も一緒に小児病棟でずっと寝泊まりしていた。私の胸の上でうつ伏せにならないと寝ないというラッコになってしまったので、部屋に入ってくる看護士さんにギョッとされる毎日だったな。
激烈な症状が出てガンマグロブリンの点滴をこなす最初の頃は部屋に篭りきりだったが、落ち着いてきたら小児病棟の中をあちこちした。折り紙の昆虫が貼ってあるプレイルーム、小さな教室、口が達者な子どもたち、陽気な声かけをする看護士さんたち。夜中バタバタとただならぬ様子の隣の個室、運び込まれたおじいさんの血圧の薬をたくさん食べてしまった赤ちゃんは助からなかったそうだ。当時、赤ちゃんがそんなに大量の薬を飲んでしまうことってあるのかなと思っていたが、今自分が飲んでいる血圧薬、水無しで飲めるように口の中で溶けるようになっており苦くない。こういうことか。私も薬の管理をしっかりしないといけない。
付き添いや見舞いのご家族とも話す機会が多くなった。同じく川崎病で入院していたシュート君という名の赤ちゃん。サッカー好きなご両親の命名だ。残念なことに彼には冠動脈瘤ができてしまい過度な運動は控えないといけない人生が始まってしまった。でも生きてたらなんなと楽しみも自分で見つけれるし!と笑うお母さん。うんうん。
体に障害を抱えて病気がちな子が二、三日入院生活をすることもある。おばあちゃんと体調を崩した孫の組み合わせ、女の子は7歳か8歳くらいか。体がこわばり歩けないのでおばあさんが抱っこしている。母親は働いているので、私が世話しているのです。私の息子は先に亡くなっています。嫁はまだ若かったので自由に人生をやり直したら良いと言ったのだけれど、この子をおいてはいけませんと。よくやってくれてます、ね、○○ちゃんも歩けるように訓練してるとこなんですよ。息子の容体が悪くなってもう長くはないって時に、ドレス着て随分華やかにしてママが病室に来たんです。イヤリングやらネックレスやら指輪やらたくさん重ねてつけて。今日はえらいキラキラやねぇと言ったら、息子にプレゼントしてもらったアクセサリーを全部つけてきたんだって言うてました。息子も笑ってね。綺麗だねって。ありがとうって言ってね、皆で笑ってね。それからすぐでした。

一度目を離した隙にベッドから落ちました
今を懸命に生きている小さい人たちに幸あれ!そして周りで尽力している家族や医療関係の皆さんに幸あれ!そういえば藤浪選手もオフの時に病院のチャリティートークショーやってはったな。今度は実際に小児病棟の子どもたちと触れ合うような企画もお願いしますね。びっくりするだろうなぁ、藤浪選手の背の高さに!
さて藤浪選手、なんでかわかりませんがヤクルト戦での登板は無くなって、巨人戦か阪神戦かで先発の「見込み」とのこと。
小杉チーフ投手戦術・育成コーチは、藤浪が14日から1軍合流となった理由について「いろいろあるので」と多くは語らず、いまだ出場選手登録はされていないが、右腕の状態については「ブルペンで球速も出ている」と太鼓判を押した。
なんでしょう、その「いろいろあるので」のいろいろって。木曜じゃね?という説を聞いたので、CSの放送とBS-TBSを予約してみましたが、また「いろいろあったら」どうなるかわからない。早く確定情報が聞けたら良いなぁ。