吉田五十八設計の住宅建築が好きだ。百年名家で旧猪股邸の回を見てから気になって、4年前に世田谷の実際のお家を見学しに行った。とっても素敵だった。詳しい説明はダイワハウスの記事をお借りしよう。
この時はまだこの日記を再開し始めた頃なのでここに感想は書いていない。GoogleMAPのクチコミに感想を書いた。近代数寄屋建築と呼ばれるが、和風でモダン。軽やかで洒落ている。個人の邸宅が多かったのであまり残っていないのが悲しい。京都の北村美術館に隣接して、四君子苑という名で吉田五十八建築が残っている。材木で財を成した北村氏の自邸。半分は昭和の初めに棟梁北村捨次郎によって建てられたもの、母屋が昭和38年に吉田五十八設計で建て替えられた。そこが春と秋に一週間公開される。では行ってみようー!
淀屋橋で京阪に乗り換えて出町柳まで。昨日の雨に洗われて緑が瑞々しい。Xで読んだとおりに北村美術館に程近いこちらで、まさに同じく焼肉サラダをいただきます。うんうん、美味しゅうございました。
北村美術館のすぐ近くにある李朝喫茶・李青は朝鮮のアンティークが品よくまとめられた空間で、骨董好きにはたまらないところだと思います。焼肉や冷麺などもその辺りの韓国料理屋と違い、落ち着いた上品な味付けです https://t.co/sMBz7bDQBI pic.twitter.com/eLDjwebBXd
— 高見温|On Takami (@Soldi79710444) 2026年4月15日
北村美術館では整理券のようなものをもらい、四君子苑への入場を待つ。四君子苑は撮影禁止なので画像はなし。残念。参考に貼るこの記事の頃(2009年)は撮影できたのね。少しお庭の様子が違って見えるな。3回続きの記事のうち、吉田五十八パートがこちら。
長押を省いたすっきりした和室空間。天井の照明は埋め込み式になっている。そして天井を横に等間隔に走る複数のライン。飾りかと思ったら、なんとそのうちのひとつは部屋を間仕切るための襖用のレールだった!その襖は柱の奥に隠されており、柱が回転して戸袋を顕にする。なにを言っているのやら。よう言葉で説明できません。見学者のなかに八王子から来られた建具店の方々がおられたのだが、そのギミックに驚嘆しておられた。いや私もびっくり。そそそそそこから襖でてきますか!要所に解説の方がおられ、興味深いお話をしてくださる。明治になり天皇は東京にお移りになった。公家たちも皆東京に居を移した、ただ冷泉家だけは藤原定家の資料などが沢山あり、移動できないので京都に残った。それが幸いして、関東大震災で東京に移った公家たちが持って行った資料やお宝はみな燃えてしまったが、冷泉家の資料お宝は失われることはなかった。なーるほーどー。
ゆっくり見学して何度もぐるぐるお家の中を巡り堪能する。あー、でもこちらは天井の高い応接室と二間続きの立派な床の間と仏壇を埋め込んだお座敷でありますから、なんというか豪勢なお屋敷の立派なお部屋!でありまして、私はスッキリしながら親密な雰囲気もある、世田谷の猪股邸により心惹かれますねー。猪股邸で撮った写真を貼っておこう。


さぁ戻りましょうか。京都らしい甘味をいただいて、鴨川を渡る風を受けて、京都の春を堪能しました。















「マウンドでよけいなことを考えてないですし、いいリズムで、どんどんストライクゾーンで勝負できたと思います」。課題克服へシンプルな心持ちで臨み「フォームのことを考えすぎず、本能的に投げられるように意識しています」と話した。


