anemone

ぼんやりしたり、うっかりしたり。

さよならを 言うほどの仲でなし

Number-webに掲載され、その後削除された藤浪晋太郎選手のインタビューが収録された「さよなら、天才」中村計著を読んだ。

Number-web掲載のインタビューは藤浪選手が阪神時代何があってどう感じていたか率直に語ったもの。阪神が彼を壊していった経緯を知り、またそのことをフラットに語る藤浪選手の不運を水に流すような語り口に胸が苦しくなった。このインタビューに言及していくつか思うところを書いた。そしてその記事が削除されてしまったことについても書いた。消えたインタビュー記事 - anemone どうやら削除の理由は、本にまとめられ出版される予定のために、タダで読める部分を無くしたらしいことがわかった。そしてその本がこれだ。藤浪選手を含め同年齢の大谷選手と関わりのあった六人の選手のインタビューを元に書かれた証言ノンフィクション。だが実質は藤浪選手本で、私は買ってよかったと思っている。(追記 : この本の販促としてサワリ部分だけ再び公開している。藤浪晋太郎が告白「阪神時代、ストレスで自律神経失調症のようになった」阪神5年目の異変“ストライクが入らなくなる”苦悩「歯がボロボロと崩れる夢を…」 - プロ野球 - Number Web - ナンバー この部分だけでは彼が壊れていった主な理由である誤った指導に一所懸命に取り組んでいたことや監督やコーチから心無い扱いを受けていたことなどは窺い知れないため、これだけ読むとワガママ野郎に思えてしまうのが辛い)

スポーツ、それも野球に馴染みがないからかもしれないが、中村氏が本の主なテーマに据えた「夢を奪った男」という概念がわからない。

本物のスーパースターとは夢を与えるだけでなく、奪う存在でもあるのだ、と。それも相手を絶望させるくらい徹底的に。
そう、私は大谷に夢を奪われた男たちの物語を書きたいと思っていたのだ。

「夢を奪われた男たち」と中村氏は書いているが、藤浪選手は大谷選手に夢を奪われたのか?そもそも中村氏が思う藤浪選手の夢って何なのか。書きたいと思った「物語」は中村氏の心の中にのみ存在していたのではなかったか。だから大坂智成選手は大谷選手の異常な成長ぶりを見て絶望したことはなかったのかと聞かれて「しないです、しないです。ぜんぜんしないです」と笑い、藤浪晋太郎選手は「大谷に対する思いがどれくらいのウエイトを占めてるかって聞かれたら『そんなに』っていう。ほんと言うと、ぶっちゃけどうでもいいんですよ」と答えるしかないのだ。以前桑田真澄選手の弟さんについて書いたことがあるが、そうした常に比べられ判定される間柄ならば、そこに何かしら思うところはあるだろう。しかし同じポジションだったからとか同じ競技をしているからといって、大谷選手に夢を奪われたと感じるものなのか?

証言した選手たちは、対戦した様々な選手たちと比較することで自分を客観視したに過ぎない。対大谷選手だけでないことは、たくさん選手たちの名前があげられ語られるエピソードからわかる。それは自分がいる場所でどれだけやれるか判断する作業で、他人に夢を奪われるという類いのものではないだろう。語られるエピソードの多くが小中高の頃であるから、なんというか、育ち盛りなお年頃「才能か、努力か?」と帯にあるが、勝負を分つのは身長差!だったりもするのね。早熟の選手たちに対する指導法の必要性を筆者は説く。早期に身体が成長して才能が開花し評価され続けた選手たちは、挫折の経験が少ないため壁にぶち当たるとあまり努力をせずに進化を諦めてしまう傾向にあるという言及にはなるほどと思わされた。誰が誰を見て自分の限界を知ったかとかそういうことよりも、藤浪選手のインタビューが露わにした、稀有の才能を球団とマスメディアとファンがいかに潰していったかに重点をおいて掘り下げていって欲しかった。藤浪選手の夢を奪ったのは大谷選手やなくて阪神球団とメディアとファンやないかい、そこをもっと突きたまえよ!今なお「藤浪は練習をしない」「藤浪は人の話を聞かない」んなことばっかり言い続ける有象無象の顔面に、この本を読め!とグリグリ押し付けたい、と考えていたらこのような報道が。

このまま日本で、来季も横浜DeNAベイスターズで先発かな、MLBへの夢はどうなったのだろうかと思ったら。まだ目はあるかな?マリナーズの時と同じような感じでうまくいけば招待選手のような形でアメリカに行く?いって欲しいなぁ、アメリカ。日本に帰ってきてもやっぱり前と同じだった。メディアは四球いくつ出したのかそんなことばかり取り上げる。当てるかもしれないからベストな打線組めないと言い出す監督までいた。窮屈な野球。そういえばダグアウト!!!でGG佐藤さんがアメリカに行って野球が楽しくなった、生き返った!とおっしゃってたな。日本のチマチマ野球より、アメリカのベースボールの方が藤浪選手には合ってると思うのだけれど。ま、こればっかりは欲しいといってくれる球団があっての話だからなぁ。

さてさて一方的にさよならされちゃった形の天才の今日の活躍はこんな感じ。

どう?こんなことできてしまう人に対して、いや俺だって、俺の方が、とか考える人いてる?アイツのせいで俺の夢が台無し、とか感じる?テレビ見ながら、すげぇなぁーなんてつぶやいて柿食べるくらいで、ま、言ってみれば自分のこれからに対しては「大谷は、どうでもいいんです」が正解だと思う。あなたはあなたで頑張って、私は私でガンバるから。それでいいじゃないか。私にはこの本の題名がしっくりこない。さよならって相手に対して何らかの絆があってこそ言う言葉でしょ。どうでもいい相手、絶望なんてぜんぜんしない相手には、そもそもさよならなんて告げることはないのでは?

そういえば思い出した。藤浪選手がすまたんにゲストで出た回、大谷選手と練習中に話している映像を見てレギュラー陣が大谷選手と藤浪選手は仲が良いと勘違いしたか、どんな(特別な)話をしているか聞きたがった。皆さんと同じくらいしか大谷選手のことは知りませんと答える藤浪選手、それから小さい声で「あんまし日本人選手とは話をしないみたいっすよ」とちょいと奥様的なナイショトーキング。そこにはさよならをわざわざ言って決別するような思い入れのようなものはなぁんにも感じられなかった。彼らならではのものすごいストーリーがあって!とかは勝手にコチラが思うだけで、実際はそういうもんなんじゃないかしらね。