
本日、関西万博閉幕。かなりのお金をかけて造られたはいいが、バブリーな計画が頓挫し、ずーっとほったらかしになっていた夢洲を有意義に使えてよかったなー、というのが正直なところ。そうそう、あそこに原子力発電所を持ってこようなんて案もありましたなー。
関西万博が目指したもの、そして関西万博がもたらしたものとは何だったか。創り上げてきた人たちの理念や実際に開催してからの状況を踏まえての実感が語られている重要な動画。地球環境や世界情勢など厳しい状況が続く中、開かれる万博の意味とは何か。翻っていうと、この複雑な現実世界に於いて、無邪気にこうして色々な国が一つ所に集まって自らを発信できるということは万博という機会を於いて他にない。
この関西万博が成功だったか失敗だったかを、収支が赤字か黒字かで判断するのは大きな間違いだ。万国博覧会は移動遊園地ではない。壊してしまうものに税金を投入するのは無駄遣いだと言う者は、万国博覧会がどういった性格のものであるのかを理解していない。万国博覧会については、万博建築について倉方俊輔先生が書かれた六回シリーズの冒頭に、わかりやすい形で示されている。この六回シリーズの評論は、いつもの平易で楽しい倉方センセのお話、よりももっと専門的な語り口なのでなかなか理解するのにアタマを使うが、万博について大屋根リングについて若手建築家たちのチャレンジについて深く知ることができる。
1928年には国際博覧会条約が成立し、条約に基づく博覧会国際事務局が開催のルールを定めるようになった。万博は国際社会の一員として開催される。よって、国威発揚の意識があったとしても、それは一国の中のものではありえない。目的に経済効果が掲げられたとしても、当然にそれは一国の中で算出できるものでない。それに、未来の文化を日常の金銭で換算することは不可能だ。
建築史家・倉方俊輔の「大阪・関西万博を歩く」#2 | DISTANCE.media
建築史家・倉方俊輔の「大阪・関西万博を歩く」#3 | DISTANCE.media
建築史家・倉方俊輔の「大阪・関西万博を歩く」#4 | DISTANCE.media
どこの動画だっただろうか、倉方先生の発言が印象的だった。70年万博はこどもの万博だった。日本という国家もまだこどもであったし、こどもが喜ぶ如く凄い科学技術をみてわーっと驚く、それが万博だったが、2025年万博は大人のための万博である。ある程度の知識があってその上で実際に体験し、違いを感じたり共感したりして知的好奇心を満たしていく万博だ。上の動画では宮田教授は70年万博は見る万博、今の万博は一緒につくる万博、自らの問いを開く万博とおっしゃってる。
EXPO'70をオーストラリアが記録した映像。
あのころの未来に 僕らは立っているのかなぁ…
全てが思うほど うまくはいかないみたいだ (夜空ノムコウ:スガシカオ)
広い会場に多くの人たちが、輝く未来という同じ体験をするために集まった70年万博。この概念のままだと、今やもう新しい技術や情報など目新しいものはないのに、何を万博でするのだと思えてしまう。実は私も最初はそうだった。しかし、今回のテーマは科学の進歩でも環境問題でもない、人間とデザインがテーマ。様々なものごとに対してどう人間が振る舞っていくか、行動のエネルギーをどうデザインしていくか、それを皆が考えるタネをまく万博であったのだ。
【緊急告知!本日生配信決定!】本日12日13時から藤本壮介さんとのトークセッション「EXPO WORLDsが目指したもの」のオンライン配信が決定!遠方で来れない方や万博会場で来れない方も視聴できます!https://t.co/nvojdfSTMF…
— 引地耕太 | VISIONs CEO / COMMONs 代表 (@kouta_hikichi) 2025年10月11日
関西万博クリエイティブディレクターの引地耕太さんとプロデューサーの花岡さんが、ゲストに総合プロデューサーであり大屋根リングの設計者である藤本壮介氏を招いての、率直な「万博タイヘンやったけど凄く良かったよね」トーク。知見が沢山詰まっている。特に、この万博が示した今後の大きなイベントに対して新しく求められる役割のくだりが興味深かった。今回の万博がうまく回っていった要因の一つが、図らずも協会側にガチガチに固められていないユルさがあったこと。充分なリソースがさけないなかで、公式が担うべき部分で足りないところを市民が面白がりながら補っていった。今後、行政にしても企業活動にしても都市計画においても、余白を作ることの大事さ、そしてこうした公式と市民との間を繋ぐ役割、双方向の動きをうまく調整していく役割を設けることが重要になってくるのではないか。また、自然とそうしたゆるい間(あわい)が生まれたのは、組織よりもヒトが要という大阪という風土も関係しているのではないか。大阪が持つ「おもしろがり力」が鍵、世界に発信すべき2025OSAKAモデルではないか。「面白がり力」同じものを見ても文句をつけるばかりだと、先はチャレンジを避けるジリ貧な世界しかない、少々未完成でもそれを面白がれる力があれば、それは世界がより良くなる糸口に繋がっていくし、皆がチャレンジを応援する力になっていく。上の動画で宮田教授は「地域エンゲージメントの新しい成功モデル」と賢い人の言い方で2025OSAKAモデルを説明しておられるが、ま、平易に言えば、みんながおもろがりましょ、「わくわくしないと、いのち輝かない!」でありますな。
それからもう一つ忘れてならないのが、大阪メトロとバスの奮闘だ。5月6月の時は、帰りは遅くまで会場にいたが立ち止まることなくすんなり夢洲駅まで辿り着き、どんどん間髪を入れずやってくる中央線に乗り帰宅できた。9月の時は退場の混雑を聞いていたので帰りは船にし、旅情気分を味わった。下の動画を見ると、中央線だけでは賄いきれず他の路線の車両や近鉄の車両まで導入して対応したとのこと。人員の配置も想像を絶する大変さだったろう。大した事故も起こらず、まぁオールナイト万博というイベントもあったが、あれも帰ろうと思えばタクシーやバスなど選択肢はあったとのことで希望者が残った話。経験上人身事故で運休なんてことも時々あることなのだが、会期期間中に長時間運休したのはその時だけというのも良かったよなぁとしみじみ思う。ほんまにほんまに、よくがんばってくれました、ありがとうありがとう。