いやいやいや、この記事「 藤浪といえば190センチを超える高身長から繰り出される最速165キロの角度あるフォーシーム」って書いてる時点でワタクシの判断基準に当てはめるとOUTですわなぁ。彼のフォーシームの長所はVAAの値が小さいことと認識されてましたよ。そして、リリースポイントが低いところから投げた方が球の威力が増す。高めに浮き上がって見える速球も空振り狙えるでしょうが、低いところから糸を引くように低いところへ決まるこんな球は藤浪選手ならではなんじゃないかしら。
Shintaro Fujinami, 101mph Paint. 🖌️🎨 pic.twitter.com/RtSKIHTXOf
— Rob Friedman (@PitchingNinja) 2023年4月22日
まぁでも勉強不足な記述は編集部の記事で、ナカミの部分である佐野慈紀氏のおっしゃっていることは頷ける。佐野さんの大きいケガ、というのが手術が必要な程度のものと解釈すれば、ワタクシのもう一つの判断基準もセーフかな。←何様
「『打たれたって、知るかぁ!』ぐらいの気持ちでいい。『俺はとりあえずMAXで投げる』と。バックに助けてもらえばいい。極端な話、死球当てたって『すまん!』ぐらいの気持ちです」と助言する。
あらためて佐野さんにアドバイス頂かなくても、S-1のインタビューでご本人もあまり考え込まずに野生的に投げていきたいとおっしゃってた。DOCKの関係者の方々も、こんなポテンシャルの塊を扱うにあたって腕がなるとは思いますが、どうか急に大幅に何かを変えるなんてことはなさらぬようにお願いしますー。
フルカウントはどうだ、こちらも私的判断基準(メッツ時代の怪我にふれているか)でOUTだった。
うーん、ホンマにアメリカさんはそう見てるの?と思って元の記事を読む。
This probably marks the end of Fujinami’s two and a half seasons in affiliated ball.
この文章をどうとらえるか。続くコメントを読むとNPBはAAAよりもレベルは高いという認識は向こうの人らにもあるようだし、ただ単に彼は残りのシーズンはアメリカではなく日本で投げるよ、と告げているだけともとれる。少なくともわざわざ「藤浪晋太郎は「終わりを告げた」遠のいたMLB」なんて見出しはつけなくてもよいのじゃありませんこと?これは藤浪選手がLIVEαでおっしゃってた「アメリカで失敗した奴」とのレッテルを、積極的に彼に貼っていこうとフルカウントは考えているとしか思えませんね。そしてなにより、元記事ではメッツ時代は故障によるIL入りもあったのでMLBでは投げなかったと言う記述がありますが、それはスッパリ削っている。
He never made an MLB appearance with New York, spending time on the injured list before being designated for assignment.
現場のスポーツ紙記者からの即時的な報道は好意的なものが多い。けれどもスポーツメディアの編集部を通って長めの記事になると、なんかもやもやしたものが出てくる。依然として「藤浪晋太郎選手がうまくいっていない記事」は売れるのだろう。
NPBで野球する、ということはスポーツ紙記者からの発信情報が大幅に増える、とともに、ファンが撮った写真もどんどんながれてくる。いやー楽しそうでなによりですわ。笑顔を見るとこちらまでうれしくなりますな。
7/21 追浜DOCK
— t_tomomi (@tt0818tsuno) 2025年7月21日
網は抜けませんw#baystars #藤浪晋太郎 pic.twitter.com/ZW2E6suq8S
本日のお掃除のお供動画。関西万博に参加した建築家たちの建築カンファレンス動画。
七十年代のメタボリズムの失敗は、構成ひとつのサイズがデカかったからではないかという指摘が面白かった。建築の新陳代謝メタボリズムが有効なのはもっと小さいスケールでの話、人間の身体が把握できる小さいパーツを必要に応じてつけたり外したりしながら変化していくのがこれからの新しいメタボリズムではないか。なるほどなぁ。サイズがでかいといえば大屋根リング。建築だがランドスケープでもあるスケールの大屋根リングはなぜ居心地が良いのか。それは使用している木材の細さも間隔も住宅の規格と同じであることからくる。全体は大きいが、その下に入ると家の中にいるような感覚に包まれる。ずーっと向こうまで続いている大きな家。柱にもたれて休む人、2区画陣取ってわいわいお弁当を食べる小学生たち。すべて人間が把握できるサイズの連続で生まれた巨大な木造建築。なるほど腑に落ちた。