anemone

ぼんやりしたり、うっかりしたり。

顕現と幻視

関西万博で一挙に有名になった人物といえば、 カラヴァッジョじゃないだろうか。 ミケランジェロ・メリージ・ダ・カラヴァッジオ ん?カラヴァッジョ、カラバッジオ、カラバッジョ… アトラス像、ダビンチ手稿、ミケランジェロ-ブルネレスキによる像とともにイタリア館の目玉。いや、正確にいうと間借りのバチカン市国の目玉。カラヴァッジョ大好きであります。むかしから好きというワケでなかったというか、まぁよく知らんかったんだけれど、2016年の西洋美術館での展覧会でまとめて見て感動した。いや凄いわこの人。無頼を絵に描いたような、いや無頼が絵を描いているというか、芸は身を助くというか、無頼の挙句人を殺してますからね?逃げ回りながら絵を描いて、最後は恩赦を受けるための旅の途中で死ぬという、なかなか壮絶な人生。カチコまれてもいいように寝る時も服着てたって、どんな輩やの。美術史的には偉大な画家、後の絵画にものすごく影響を与えたスーパースターでありますが、イマイチ日本ではメジャーではないわねと思っていたが、この万博で一挙に名前が一般に浸透したんじゃなかろうか。みんなそんなにカラヴァッジョ好きやったん?という人気。凄いお宝、ホンモノが来てるらしいってんであまり美術に興味がなかった人が見ても、カラヴァッジョの絵って感動してしまうんですよ。まずナニ描いてあるかよくわかる!明暗くっきり、描写も的確で上手い、場面はドラマチック!これがどんなに「名作」でも抽象絵画や現代美術だったら、見てもよくわからんわね。なんならモナリザだって見てスグに、おぉ!名画だ!と思いました?前もっての知識があるから凄い絵なんだなーって気にはなるけれど。エル・グレコの同じような画題にしても、えらいグニョグニョした絵ですな、で終わっても仕方ない。でもカラヴァッジョの絵は、見てスグに圧倒的なモンを見てるわーって感じることができる。来てる「キリストの埋葬」も画業の中でも評価の高いものだし。Wikipediaのカラヴァッジョの項の最後の方に絵が載っている。

Amazonでポスターだって売ってるぞ。

私も見たかったけれど、イタリア館の人気ぶりではちょっとムリだな。でもこれで日本でもカラヴァッジョの知名度が爆上がりしたから、また何かの展覧会で見ることも多くなるんじゃないかな。なんてことを、宮下規久朗先生の放送大学「西洋の美学・美術史」を見てて思った。

宮下先生はカラヴァッジョについての著作をたくさん書いておられる。この講義も後半はカラヴァッジョの絵を参照しながら話された。今週は顕現と幻視についてのお話で面白かったな。私は天使を見た!神の声を聞いた!それらはまずはごく個人的なことがらだったのがその光景が絵に表され信仰の対象となっていく。その後バロック期では教会の中で大きく展開されて錯視画法も駆使され、まるで絵を見たものが選ばれしものにしか現れなかった幻視・顕現を疑似体験できるようなものになっていく。しかしバロックの先駆であるカラヴァッジオの描くキリスト教の奇跡と呼ばれるものは、描き方こそドラマティックであるが、描かれているものは、天に迎えられて登っていく聖人であるとか矢を胸にグサグサ刺しに来た天使の姿などの劇的な光景ではない。目を閉じてキリストの声を聞く倒れた兵士だったり、場末の酒場で税金を勘定するのに精一杯でキリストの呼びかけに気づいていない男だったりと、日常の延長線上にある場面。奇跡とはそれぞれの心の中に個人的に訪れるものであることを表現している。心を研ぎ澄ませていれば奇跡は誰にでも体験できうるものであるのだという現代的な考え方をそこに見ることができる、と。まーしかし、放送大学、ナカミは興味深いんだけれど大学の先生は喋りのプロではない。このシリーズと「これからの住まいと建築」を見ているが、途中で寝てしまうのよねー。はっと気づいたら録画終わってることもしばしば。ま、気長に見ましょうか。

そうそう、今回の講義の中で、召命という考え方が新鮮だったな。職業というものは、召命 Calling、自らの力を発揮できるものを天が与えるものであるという考え方。藤浪選手のMLB Callingも近い!