Eテレのチョイスで取り上げられたり、はてなブックマークで話題になったりしていたので、自分の体験を書いておこう。まず言いたいのは、帯状疱疹は初動が全てを決めるってこと!素早い診断、迅速な服薬!パキッと治るかズルズル長引くかは初動にかかっている。まず皮膚科へ!長引く私が初めて皮膚科を受診した時、「あんた来るのん遅いわ!どこで出してもろたんか知らんけど、その軟膏も塗らんでええから。もうできることなんかあらへんから帰り!」っちゅうて追い返されました。とほほ
30年以上も前のこと。その頃は現在ある良く効く薬はまだ無かった。私は左目から額にかけて症状がでた。まず、突然左の眼球を奥からキリで突くような激痛がした。いいい痛い!死ぬ!よろよろと近所の眼科に行き診てもらう。その時はまだ肌にブツブツは出ておらず、眼球に激痛が走るだけ。帯状疱疹との診断もされなかった。なんかよくわからん目薬と飲み薬をもらって休んでいたが、どんどん痛みは増すばかり。当時息子らはまだ未就園で3才1才くらいだったか、これでは彼らの食事の用意もままならぬということで義実家に三人転がり込んだ。
義父は内科医、帰宅後痛がる私をみて、明日病院で薬をもらってくるから寝てなさい、この眼科の薬は捨てるよ、とゴミ箱の中へ。今から思えばこの時点で入院したかった。義父の言う通り痛み止めだけ飲んで座敷で丸一日苦しみ、薬を飲み出したのはその夜義父が帰ってきてから。辛かったわー。だんだんと左目と額のあたりが腫れブツブツが出現、この時点で帯状疱疹だろうとのことで翌日薬が変わった。顔面急激に変化しお岩さんの様な形相になった。お岩さんって毒でなくてきっと帯状疱疹になったんだと思う。トイレに出てきた私の顔見て息子ら怯えて泣いたもんなぁ。お母さんの顔、あんなんになってしもたー
1週間ほど義両親の家の座敷でもらった薬を飲んでは寝る生活をした後、次は私の実家に移り世話になった。子どもらが私からうつって同時に水疱瘡になった。その後マンションに戻ってからも目の痛みはなかなか収まらず、眼科で神経ブロック注射を何度もしてもらった。眼球に!だんだん注射針が近づいて来るのが見えるのよー!で、ブスッと目に刺す!この話をすると息子らの友だちからすげーすげーと尊敬されたな。左目と額にかけての痛みはずっと続き、そして額の表面に髪の毛がさわっと触れたら、ものすごく痛気持ち悪いので、カチューシャで髪の毛が額に触れない様にしていた。風が当たってもイヤだった。この額の皮膚の感覚はその後次第に軽くなっていったが,完全に無くなることはなく、今でも左のおでこは違和感がある。何も触らずとも異質な感じ、不快なモヤモヤのようなものを感じてしまう。さてさて、激烈な痛みはブロック注射などでなんとか治りつつあっても、吹き出物のようなブツブツは額からなかなか消えず、冒頭の皮膚科に相談に行った。女医さんにこの軟膏をいつまでも塗ってるから脂ぎってデキモンができるのよ、ブツブツ出たらすぐ皮膚科に来なアカン!今となってはもうやる事ない!何しとったんっ!と怒られましたが、いやぁ内科医のお舅さんの言いつけ通り座敷でウンウン苦しんでたんですがな。なので帯状疱疹としては病院にはかかっていない。なんやかんやで辛い症状は半年以上続いた。普通に生活できるようになるまで2年近くかかったんじゃないかな。眼球の中に菌が入ったため左目の視力は落ち、映画など見ると左目だけズーーんと重く辛く感じるようになってしまった。いやー、ホンマに痛かったなぁ。お産よりも痛かったぞ。帯状疱疹って場所によるよねー。

でまぁ大体が年寄りがなる病気なわけだが、体が疲れたり抵抗力が無かったりすると若い人もなる。私は30過ぎだったのだが、基本幼児2人の世話で疲れ気味なうえにスティーブン・キングの「IT」があかんかった。翻訳が出たとこで分厚い単行本上下巻あってめっちゃ長い!長いぞ話が。読んでも読んでも終わらない。昼間は子供らの世話もあり読めないので夜中読んでたわけだが、三日ほど半分徹夜のような状況になってしまい、目から帯状疱疹になったという次第。キング作品とはしばらくご無沙汰だったが、評判の良い「11/22/63」読もうかしら。これもね!ITほどではないが文庫本で3巻の長尺話。や、まさか、二度目の帯状疱疹罹患、てな事は無い、よね?ね?